金太郎がいなくなってからは散歩をすることも少なくなってしまいました。母の散歩も寒くなってきたせいもあって週1〜2回のペースになってしまいました。金太郎がいれば欠かすことはなかったはずです。
いま住んでいるところは私が30数年育った実家です。金太郎が虹の橋に旅立つ1ヶ月前に戻ってきました。そのため金太郎との思い出はほとんどありません。もし戻っていなければ、かなり辛かったかも知れません。
2005年4月3日、朝の散歩です。
アジソン病を発症して丁度1年、すっかり元の元気な体に戻ったころです。
この頃の朝の散歩は約1時間ほど、4キロくらい歩いていたと思います。アーケードなど、人通りの多い所へはあまり行っていませんでした。まだ暗いうちに歩くことが多かったと思います。
途中、武道館前の広場や公園、グランドなどでボール遊びなどをしていました。
お散歩友達もほとんどいませんでした。

この頃の金太郎は顔バリです。金太郎の特徴である手足の長い毛はまだそんなに長くはありません。
声をかけられたり、写真を撮らせてくださいと言われることもほとんどなかったと思います。
闘病中の約一年間、昼間に外に出ることはほとんどありませんでした。

金太郎を知る人は、この頃の金太郎を見ても金太郎とは気づかないかも知れません。金太郎独特のキャラが目覚めるのは、これから一年後、積極的に街に出るようになった、2006年の春くらいからだと思います。

私は、犬を飼うのは金太郎がはじめてでした。
スタンダードプードルがほしくて飼ったわけでもありません。金太郎が私の元へ来たのは、偶然であり必然だったのかも知れません。
私は金太郎にしつけらしいしつけはほとんどしていません。できなかったというのが本当かも知れません。ただ誰からもかわいがってもらえる犬になってほしい、いつもそう願っていました。
金太郎は見事に私の期待に応えてくれたと思っています。
期待以上だったといってもいいくらいです。

金太郎はアジソン病と闘いながら、子どもたちのために、少しでも街の活性化に力になれればとがんばってきました。
そんな犬がいたことをできるだけ多くの方に知っていただき、人と犬が共に生きることのすばらしさを伝えていきたいと思っています。
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